生きとし生けるものが幸せでありますように

思考・妄想のせいで、身体に執着が現れたのです。

「身体が私だ」と思ったのは、結局は思考と妄想のせいなのです。身体が変化して壊れてゆくのは現実です。妄想に囚われている人に、現実をありのままに受け入れることはできないのです。時には、どうせ変化するならば、私の希望・願望どおりに変化して欲しいと思う愚か者もいます。延いて(※1)言います。地球の自転・公転は、あなたの希望・願望に応じて起こるものではないのです。あなた個人が、地球の自転・公転が好きか嫌いか、関係ないのです。せいぜいあなたにできることは、地球の自転・公転を素直に受け止めて落ち着くことです。
 ※1(ひいて)さらに進んで
 
 たとえ仏教を学んだとしても、私たちは思考・妄想をしているのです。思考・妄想としての働きは、自分の主観と願望に導かれます。だから必ず、悩み苦しみに陥るという結果になります。妄想する人は、世界が自分の希望で変わって欲しいと思っています。あり得ない願望です。現実は、自分の願望と反するものです。自分の希望で世界を変えることではなく、自分が世界の変化に合わせて変わったほうがよいのではないかと、論理的に言えます。それでも、どこまででも自分を変えることができますか?夏になると、日傘をさして外にでかける程度のことならできます。しかし、暑さで苦しみを感じることはそのままです。老いることはそのままです。自分を合わせようとしても、わずかなことしかできません。
 
 正しい答えは、①世界が自分の希望どおりに変わって欲しいと思わないこと。②自分を世界の変化に合わせてどこまででも変えようと思わないこと。③自我という錯覚そのものを捨てて、現象の流れを現象に任せること、です。自我の錯覚を捨てることが、解脱の境地になります

スマナサーラ長老 施本
自灯明・法灯明と五蘊の教えー苦しみの正体を観察する』より

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