生きとし生けるものが幸せでありますように

感謝と自我

Q.
感謝の気持ちがあると、喜びを感じられてすごくいいなと思うのですが、感謝と慈悲の関係について教えてください。

A.
関係ないんです。

感謝したら気持ちいいでしょ? 自我です。
感謝して人の機嫌とりたいでしょ? 自我です。
お世話になっているのに、感謝したくないでしょ? 自我です。
ろくにお世話になってないのに、感謝しまくっちゃう人がいるでしょう? 自我です。

人間に感謝という習慣があるのだから自我が悪くない、と思ってもそれは勘違いで、それも自我です。

今日(の慈悲についての説法)は数学的に基本的な論理的なポイントを説明しましたから、それで全て解決できると思います。

だからいきなり感謝しないことにしましょう、だったら自我なんですね。じゃあこれから精一杯感謝しまくるぞうと思っても、自我なんですね。だからそんなことは気にするなようと、適当にほどほどに感謝したりしなかったりとかね、普通に生きてみればいいんです。

慈悲のプログラムはそれと関係ない、別のものなんですね。

慈悲を実践したところで軽々く感謝できるようになりました、ありがとう先生!と言ったっても私はあまりありがたいと思わないんですね。そういう自我の目的に達成したからといってどうってことはないんですね。だからある人は慈悲の瞑想始めたら、元々は全然感謝する気持ちはなかった、人に感謝したこともないし、しかし慈悲の瞑想したらやっぱりありがとうと言えるようになっちゃったと。別にいいんです、これは。だからといって、ありがとうと言える人間になりましょう、慈悲の瞑想しましょうと言ったらもうアウトです、そういうのも自我です。

自我がない人にとっては感謝されようが非難されようが気にしない。自我を消しているんだから。

サンガ社主催スリランカツアー(2018年)における
スマナサーラ長老ご法話での質疑応答より抜粋文字起こし

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